変える経験通じ、自治の担い手づくり
変える経験通じ、自治の担い手づくり
市長在任中、「スケートボードの練習場所がない」という若者からのメールが市に届いた。
スケボーは騒音やマナーに関する苦情も寄せられる案件、そこで「当事者として、パークづくりから参画しませんか」と逆提案した。折しも、若者の意見表明やアイデアの実現をサポートする「ユースカウンシル事業」がスタートしており、若者たちが自ら
NPO 法人を立ち上げ、場所探しや、仮設パークでの社会実験を通じたルールの検討などを進めている。若者のパワーを実感した。
意識するしないにかかわらず、公共の場の利用者は自治の当事者だ。禁止事項を押し付けられるだけでは、ルールを尊重し、必要に応じてルールを変えていこうという意欲も削がれてしまう。
そうした問題意識から、尼崎市では飲食や物販などが禁止だったら公民館と、貸し館機能のある地区会館を「生涯学習プラザ」に再編し、利用者の合意を踏まえて使い方を柔軟に調整していく形に改めた。併せて、プラザにある市内6地区ごとの「地域振興センター」の機能を高めるため「地域課」を新設。小学校区ごとに担当職員を配置し、地域発の取り組みの、一層の推進を図っている。
実は2016年の市制100周年の節目に「自治のまちづくり条例」を制定した際、少なくない市民から「『自治』と言いながら市は仕事を地域に丸投げするのではないか」と言われ、改めて考えさせられた。
そもそも市役所のオーナーは市民だ。市役所が市民を活用するのではなく、市民が市役所を活用するのが本来の姿だ。だが、市民からすると困り事や提案をどの部署に言えばよいか分からず、言ってもたらい回しにされかねない−との思いも強い。
地域課職員には市の施策や制度を学び、市民が良性資源を活用できるよう本庁の担当者を動かしてほしい。それとともに、表面上の文言だけでなく、提案やニーズの本質に焦点を当て、「どうやったら、どんなことならできるか」「できないならなぜなのか」を市民とともに考え、行動してほしいと思う。
悪弊と言われがちな行政の「縦割り」にも、担当を明確にし、職員が責任をもって自らの仕事を遂行できるようにする機能がある。弊害を乗り越える鍵は「人の力」だ。例えば地域課のような職場を通じてセンスと経験を蓄積する職員を育成していくことが、住民福祉の増進はもとより、多様な力が発揮されるまちづくりを支える市役所づくりに欠かせない。そして、そのような身近な場で「自らつくり、変えていく」過程のコミュニケーションや協働の積み重ねの中から、政治や行政への不信感や閉塞感を超えていく手応えが生まれていくのではないかと思う。
昨年12月に市長を退任した。市役所内のさまざまな試行錯誤に思いをはせつつ、これからは一市民として、自治のまちづくりに参画していきたいと思っている。
前尼崎市長稲村和美(いなむらかずみ)1972年奈良市生まれ。神戸大大学院法学研究科修了。震災ボランティアを機に政治を志す。兵庫県議2期を経て、白井文尼崎市長の後継として2010年から3期、市長を務め、行財政大改革に尽くした。
以上は、私が購読している神戸新聞2023年3月26日(日)朝刊6頁からの引用です。